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     インタラクティブ・サイエンス・コラム・メイル

           1997/10/09号 (不定期刊)

           本日のお題:非科学的な人間の心


今日はちょっといつもと趣を変えて話してみよう。人間の心についてだ。インタラクティブ・サイエンス・コラム・メイルの読者にはあまりいないと思うけれど、世の中には科学嫌いの人がたくさんいる。理由を聞いてみると大体は数学が出来なくてきらいになった、とか、論理的な思考についていけなくなった、という学生時代の苦い思い出がトラウマになって科学嫌いになったひとが多い。また、そういう人に限って「科学なんか解らなくても全然構わない」と言うことが多い。これは単なる負け惜しみ何だろうか?

ちょっと、次のクイズをやって見て欲しい。

「あなたは600人の死亡者が出る可能性がある伝染病に対処する責任がある政府の立場にいます。次のうち一つを選んでください。

1. 600人のうち200人だけが確実に助かる

2. 600人全員助かる可能性が1/3あるが、全員死ぬ可能性も2/3ある。」

あなたはどちらを選びますか?実に驚くべきことに72%の人が1.を選ぶそうだ。これは実に奇妙な振る舞いだ。統計的に考えたら、どちらも平均して200人の人が助かるのだからどちらかを有意の率で選ぶ、というのは全くナンセンスなはずだ。「そんなことはない、200人確実に助かる方を選んだ方が人道的だ」と思われる方は、次のクイズに進んで欲しい。

「同じ前提のもとで、やはり、どちらかを選べ。

1. 600人のうち400人だけが確実に死亡する。

2. 誰も死なない確率は1/3だが、全員死ぬ確率が2/3」

あなたはどちらを選びましたか?実に78%の人が2.を選ぶそうです。こうやって比べれば解ることだが、この2つのクイズは全く同じことを違う表現をしただけだ(死者の数に注目するか、生存者の数に注目するか)。にも関わらず、2つの別個のグループにどちらかのクイズだけを見せると対称的な結果になるという。

人間の心とはこのようにそもそも、数学とは相い入れない構造を持っているらしい。つまり、科学的にものを考えるのは人間の心の自然な姿ではなく、かなり無理をしないといけないらしいのだ。こんなところに科学が難しく感じられたり、あるいは、時に冷酷無比に見える原因があるらしい。

 先の阪神大震災では痛ましくも6000人かそれ以上の方々が亡くなられた。これは本当にひどいことで二度と無いように最大限の努力が払われるべきだということに異議のある人はいないだろう。ところが、一方でこのような地震は神戸では平均すれば100年に一回かそこらしかおきないだろうことを考えると、交通事故の方がよっぽど問題だと言うことになる。日本全体で年に1万人の方々が交通事故で命を落とされているので100年では100万人ということになる。神戸は150万都市だから、比率的には100万人の1%以上、つまり、毎年1万人以上の人が亡くなっている計算になる(これは神戸で毎年これだけの方々が交通事故で亡くなられているということを言っているわけではなくてあくまで比率の問題である、念のため)。しかし、だからといって「震災予防に交通事故の防止にかけている予算の50%以上を毎年使うとしたら、それは非科学的だ」などと神戸に行って主張したら、究めて不謹慎、あるいは暴言ととられても仕方無いだろう。

 人間の心の感じ方とはこの様に本質的に非科学的なものだが、では、この巨大な大脳はなんのためにできたのか?簡単な確率の計算さえ、よく考えないとできないというのに?どうやらその答えは「社会構造」にあるらしい。霊長類は他のどの動物も発達させなかった様な複雑な駆け引きを要する社会を生み出した。その結果、人間関係の考察にたけた個体が淘汰で生き残るようになり、複雑な脳ができ上がった、という説があるのだ。人間が「科学」を理解するのに脳を使っているのは偶然の副産物のようなのだ。

 「科学」なんて解らなくても困らない、という主張の意味もどうやらこの辺にありそうだ。脳は社会関係、つまり、いろいろな駆け引きを理解するために出来たのであって、科学の理解のために出来たのではない。だから、社会の中で生きて行ければそれでいい。何も「科学」の理解に頭を使う義務なんてない.....。

 まあ、確かにそうかもしれない。しかし、たとえ副産物でも人間の脳には「科学」を理解する能力はあるのだ。せっかくだから、それを理解して楽しみたいではないか。このメイルもそのために配信しているのだから。

この文の内容は「科学が嫌われる理由」からとりました。興味がある方は是非、読むことをお勧めします。


○インタラクティブ・サイエンス・コラム・メイル1997/10/09

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