ところが、君の体温と全く同じ温度の空気の中ではこの空気の動きはあり得ないから 、君のまわりの空気は完全に静止している。顔のまわりの空気中の酸素を吸ってしま ったらそれでおしまい、というわけだ。動きの無い空気は案外混じりあわない。水を 入れてコップに一滴インクをたらしてみよう。かき混ぜればすぐに混ざってしまうイ ンクと水が、かき混ぜなければ混ざるのに一晩くらいかかるのに気付くだろう。イン クは酸素。かき混ぜることは空気の循環。そして一晩放っておかれた場合が「窒息死 」に相当する。
この「方則」は生物の体を構成する個々の細胞にもあてはまる。肺が無い昆虫は空気 を吸い込むことができないので、体の表面から酸素を体内に取り込む管で体内の細胞 に空気を送り込んでいる。前回はトラックのサイズの昆虫などいない、という話を重 さの問題から論じたけれど、この「方則」からしてもそんな大きな昆虫はありえない 。もし、そんな大きさだったら、体の奥の方にある細胞は、椅子に縛り付けられた君 の様に窒息してしまうだろう。
血管など無い大昔の単純な生物にとっては、体表面からあまり奥の方まで酸素を運ぶ すべが無かったので数ミリ以上大きくなれなかった。何センチという「大型」の生物 ができるには血管が作れる程高等な生物ができるまで待たなくてはならなかったのだ 。